シリーズがん教育④-1
学校現場を理解し支えることが大事
聖心女子大学教授(教育学)の植田誠治先生は、文部科学省が2013年に日本学校保健会に設置した「がんの教育に関する検討委員会」の委員長を務め、がん教育の目標や盛り込む内容などの骨子をまとめた(3面参照)。教育現場に役立つ保健体育教育プログラムの開発と評価を研究テーマに、学習指導要領の作成や教科書の執筆も行っている保健体育教育の専門家だ。引き続き同省の「がん教育の在り方に関する検討会」の委員を務める植田先生に聞いた。
――がんのことを学校で学ぶ意義とは
がんは今や国民の2人に1人がかかる国民病なので、正しい知識を教えることは、国民の教養として非常に重要なことです。また、がんを通して、病気の予防の概念や、早期発見や検診の大切さ、病気の基本や克服といった、保健の基本的な教養を教えるにふさわしい題材だとも考えています。生涯保健の発想から、今の子どもたちへ教えることによって、大人になった時にも健康で暮らすためのメッセージになると思います。
学習指導要領への明確な位置づけ必要
――そのためには今の学習指導要領のままでは難しいですか
今の学習指導要領にもがんについての記載はあります。ただ、位置づけが生活習慣との関わりの項目に偏っていますし、検診や予防なども含めたひとまとまりとしては扱っていません。まずは、がんを明確に位置づけることが大事です。そうなれば授業で扱うためのニーズが生まれ、指導の手引きや教科書ができたり、研修を実施したりといったことにつながります。
――「がんの教育に関する検討委員会」の報告書では2つの目標として、①がんに関して正しく理解する②命の大切さについて考える、の2点を挙げられました
学校教育というものは、通常の教科学習以外にも、特別活動、総合的な学習の時間、道徳といった様々な時間を組み合わせて出来上がっています。そういう特徴を生かしてがん全体をバランスよく学ぶことを考えて目標を2つにまとめました。
具体的には①保健領域で主に基礎知識を教える②特別活動など他の時間を活用して、がんを通じて命の大切さを教えたり、人生の価値を教えたりするのが良いと思います。
現場の教員が担えるように
――先生が各地でされている教職員向けの研修の内容を教えて下さい。
先日ある高校の1年生の保健の授業で、保健体育の教員が行ったがん教育の授業の内容を詳しく紹介しました。というのも、今各地でモデル授業が行われていますが、大半は医師など専門家かがん経験者が講師で、現場の教師が実践したケースはまだ少ないからです。もちろん日本中の小中高校に医師が出向いていただければ理想的ですが、現実にはなかなか難しいですね。実際には小学校なら担任の先生、中学校と高校では保健体育の教師や養護教諭などが中心にならざるを得ないでしょう。そこで現場の先生たちを支え、自分たちでもこういう授業がやれるんだという自信を持ってもらうことが大切と考えています。
――現場の不安は大きいですか
小さくないと思います。現状では保健体育教師の養成課程でがん教育についてはあまり習って来ていませんし、3次予防(治療)については現行の指導要領には入っていません。ですからそこは専門家と分担するのが良いと思います。個人的には検討委でまとめた「がん教育の具体的な内容」のうち、「発生要因」「疫学」「予防」「早期発見・検診」までは現場の教師が中心で、「治療(手術、放射線、抗がん剤)」「緩和ケア」「生活の質」「共生」については医師や、がん経験者などに中心となって担ってもらうのが良いと思います。もちろんこれからの指導の手引きや研修のあり方次第では、最新の動向は無理にしても、標準的な内容や考え方については、教師が担っていく可能性はありますが。
がん教育の大きな可能性
――行政のがん対策部門からは教育委員会が消極的という声もあります
確かにそういう議論は検討会でもありました。でも、私はがん教育には2つの大きな可能性があると思います。ひとつはそういう行政間の垣根があるとしたら、それを地方行政レベルから取り払う機会になる可能性。もうひとつは授業で現場の先生と専門家が協力することで、学校現場に新しい風を吹き込む可能性です。学校は年度計画を立て忙しく活動が展開されますので、がん対策部門側も、学校の年度計画策定段階から参画していくことで、うまく協力していけるのじゃないでしょうか。
――日本対がん協会に期待することを教えてください。
先生たちが使えそうなわかりやすい情報や資料、教材を提供して欲しい。また、小児がんなどまだ情報の少ないがんの正確な情報なども提供してもらえると助かると思います。
(聞き手 日本対がん協会広報グループマネジャー 本橋美枝)
対がん協会報2015年1月号より