シリーズがん教育⑥
教育現場支援と教材作り
日本女子体育大学准教授(公衆衛生学)の助友裕子先生は、前職の国立がん研究センター時代に、小学校高学年向けのがんの教育教材『がんのことをもっと知ろう』の開発に携わった。この教材を使って東京都荒川区や豊島区の小中学校でがんの教育を実践する中で、現場支援の必要性を痛感。2014年3月には、教員向けの『がんのことをもっと知ろう(指導書)』を開発した。現在は保健体育科教員養成の大学で教鞭をとる助友先生に、がん教育を普及させるために重要な、教育現場支援や教材作りについてお話を伺った。
――『がんのことをもっと知ろう』の開発に携わったきっかけは。
6年ほど前、国立がん研究センターがん対策情報センターの片野田耕太先生たちが、子どもたちのための教材作りに取り組み始めようとしていて、当時同センターのリサーチレジデントだった私に「一緒にやってみない」と声をかけていただいたのが最初です。
荒川区や豊島区で実践
――元々は家庭用の教材だったとか。
はい。国立がん研究センターが蓄積してきたデータによれば、がんに罹患する可能性が高まるのは40代頃から。その子どもたちは小学校高学年ぐらいが多いと考えられるので、子どもたちと保護者が家庭でがんの知識を身につけられるように教材を作りました。とはいえ、ゆくゆくは学校でも使ってもらえるように、教員の知人たちに声をかけて参加してもらい、現場の視点を取り入れました。
その後、荒川区や豊島区で他地域に先駆けて教育現場でのがん教育を始めることになり、私たち研究者もさまざまな実践をしました。荒川区は草の根的な取り組み、豊島区はトップダウン型とタイプは違いますが、それぞれに良い所や課題があると感じました。特に豊島区は区ががん対策条例を作って区立のすべての小中学校でがんの教育を推進しているので、今後、国の施策として全国の学校でがんの教育に取り組んでいくうえで、とても参考になると考えました。
健康アセスで浮かび上がった課題
――現場支援の必要性を唱えられています。
建設の分野では「環境アセス」という言葉がありますが、公衆衛生の分野でも「健康アセス」という考え方が普及してきています。これは新たな政策などが提案されたとき、それに関係する人たちの健康影響予測評価をして、その政策課題の価値を検討しようとするものです。
そこで、次期がん対策基本計画に、「がんの教育・普及啓発」という項目が加わりそうだという話がちらほら聞こえてきた2011年の秋ごろ、ある自治体でのがん教育の健康影響調査を行いました。
影響が予測される集団として児童・生徒やその家族、教職員、行政、一般市民、(小児)がん患者とその家族を挙げましたが、調査の結果、一番影響が大きいと予測されたのが教職員でした。
小児がん患者やその家族、また家族にがん患者がいる生徒への配慮の問題は、さまざまに議論されていますが、実際にその配慮を引き受けるのは現場の先生たちなんですね。職業別のメンタルヘルスの調査でも、教師は初めて診断されてから休職するまでの期間がすごく短いのです。ずっと一人で抱え込んじゃっている人が多い。これは見過ごせないなと強く感じました。
――2014年には教員向けの指導書を作られました
何とか現場の先生方の負担を少なくできないかと考えて、厚生労働科学研究費を得て教員向けの指導書を作りました。編集委員には研究者以外に小学校長経験者や栄養教諭、養護教諭などにも入ってもらい、国内外で実践された授業の事例や指導案を参考にしました。授業の際にすぐ使えるツールが欲しいという切実な声が多かったので、副読本の見開きごとに「指導のねらい」や「発問例」「板書例」までつけて、授業をする際の「虎の巻」になっています。
――現在は保健体育科教員の養成にも携わっていますが、養成課程でがんの知識を学ぶ機会が無いそうですね。
養成課程には全く入っていません。なので、私は着任してから「衛生学・公衆衛生学」と「保健体育科教育法」という授業の中でがんの知識をしっかり教えています。「保健が教えられない体育教師」とずっと言われてきまして、養成校としてはジレンマですが、若い教師の中では積極的に保健を教えようという人も増えてきていますので、見通しは明るいと思います。
――最後に対がん協会に期待することを教えて下さい。
ホームページで各地の学校での実践例を指導案付で紹介してもらえるととても助かります。また、クイズ形式でインタラクティブにがんについて学べるようなページを設けたり、どこに行けば必要な情報が手に入るかのガイドがあったりといった、ネット時代ならではの情報提供の場を作ってもらえると嬉しいです。
(聞き手 日本対がん協会 本橋美枝)
対がん協会報2015年4月号より