シリーズがん教育⑦
がん教育への感謝と期待~患者として医師として
「がんは身近な病気である」「もはや不治の病ではない」――日本対がん協会が「がん教育基金」を設けて教材作りや出前授業を開始したのは2009年。その後、2014年からは文部科学省の「がんの教育総合支援事業」とも連携して、各地の教育委員会とともにモデル授業や教員研修などを開催し、大きな関心が寄せられている。
その中で、順天堂大学大学院(臨床薬理学)の佐瀬一洋教授は、医師として、そしてがん経験者として、同協会とともにがん教育を実践している。島根県、三重県、兵庫県、岩手県、徳島県、そして東京都などでの経験を踏まえ、がん教育の現状や将来像について話を聞いた。
社会への恩返しとして
――がん教育に取り組んだきっかけは
私は5年前に悪性骨軟部肉腫という希少がんと診断されました。教科書的には不治の病でしたが、多くの方に助けられながら手術や抗がん剤治療を経験し、医学の進歩を実感しています。 対がん協会の方とお会いした時に、小学生の息子に病気の説明をしたエピソードをお話したところ、がん教育の存在を教えていただきました。
医師として、患者として、そして子供を持つ親として、少しでも社会への恩返しができればと思っています
――初回授業の時は大変だったのでは
初めての授業を前にして、医療機関と学校現場の相違点を理解しつつ共通点を見出すまでに、少し時間が必要でした。
まずカリキュラムについては、日本学校保健会の「がんの教育に関する検討委員会報告書」にがん教育の目的、目標、学習指導要領との関連、そして具体的な内容等が示されており、とても有用でした。
次に教材については、東京大学の中川恵一先生など、がん教育の先駆者が作られた教材等を参考に、自身の経験を加えたものを用意しました。
――授業を通じて感じたことは何でしょう
生徒さん達の輝く瞳にはパワーがあり、その素直な感性には無限の可能性があると思いました。質疑応答の中で、知識の量は学年毎に異なるものの、健康と疾病、いのちと思いやりなど、本質的な内容についての理解力の高さには感銘を受けました。
実際には学校現場の先生や教育委員会の皆さんが、事前学習、グループ学習、事後評価等、発達段階に応じた様々な学習ツールを工夫されていたことが大きいのだと思います。
具体的には、最近ご家族をがんで亡くした生徒が受講を希望した事例では、担任の先生のきめ細かなご配慮がありました。
「実はがんサバイバーです」という教師から、貴重なアドバイスを頂いたこともありました。高校生になると知識獲得や行動変容に加えて進路に関する質問もあり、日本の将来は明るいと思いました。
立場を超えて人々をまとめる力
――がん教育の持つ力とは
がん教育は、がん対策基本法および基本計画による省庁横断型の取り組みです。
実際のモデル授業でも、学校、医療機関、地方自治体、そして患者団体や一般市民による、建設的な意見交換が実現しました。
また、順天堂大学でも医学部のがんプロフェッショナル養成プランとスポーツ健康学部の教員免許状更新講習が連携するようになりました。
がん教育には、将来を担う児童生徒を中心に様々な立場の大人がまとまる、不思議な力があるようです。
――がん教育の未来、今後の展望は
短期的にはまず実践です。疾病への正しい理解、そして健康といのちの大切さを学ぶため、学習指導要領の改訂に向けたモデル事業の推進が重要です。
中期的には評価です。児童生徒からみた教育効果の確認、および学校や教育委員会からみた適切性の検討により、がん教育の質を継続的に向上させる必要があります。もちろん、長期的にはがんの征圧による「がん教育が不要な社会」が夢です!
――対がん協会に期待することは
いち早くがん教育を実践した蓄積を基に、補助教材の充実と人材の活用を期待します。
特に、モデル授業で利用したDVD「がんちゃんの冒険」や「がんって、なに?いのちを考える授業」には、大きな反響がありました。
また、公益財団法人としての全国ネットワークには、医療や教育という縦糸をグループ支部という横糸で紡ぐ、大きな可能性があると思います。
(聞き手 日本対がん協会 本橋美枝)
対がん協会報2016年3月号より