タバコの害から命を守る社会の実現を目指す「グローバルタバコフリーサミット」を、2019年10月13日から15日に国立がん研究センター・築地キャンパス研究棟で開催しました。
国際タバコ病予防学会(以下TID)第15回年次会合でもあり、TID、福岡歯科大学、日本対がん協会、日本口腔衛生学会が主催。世界約40カ国から医師、研究者、行政関係者らが集まり、新型タバコ、受動喫煙、タバコと人権などさまざまなテーマで議論を交わしました。
このページでは、大会長・実行委員長による振り返りとともに、ハイライトをご紹介します。大会報告書の全文はこちらからダウンロードいただけます。(PDF 6.1MB)
ハイライト
特別セッション WHO禁煙革命発足式
福岡歯科大学教授/日本口腔衛生学会・禁煙推進委員会委員長/TID幹事
禁煙への意識が高まる時期に開催
TIDの第15回年次会合(学術総会)の日本招致にあたり、世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)による「タバコのないオリンピック協定」にしたがって、日本国内で受動喫煙防止対策の強化や禁煙への意識が一層高まる2019年を選択した。テーマも、意識の高まりに伴う禁煙の推進を期待して、「タバコゼロ社会の実現 ~生命の源から見える現実と未来~」と設定した。
大会は、台風19号の直撃を受けて参加できなかった人も少なくなく、プログラムも大幅に変更された。それでも、国内外から約180人が駆けつけて、3日間にわたり3会場で、合計120題以上の発表(講演)やシンポジウムが行われた。いずれも質疑応答も活発で、熱がこもっていた。また、国境や文化、所属、専門領域を越えた交流も随所で見られた。おかげで、困難を乗り越えて収穫の多い学会になったと確信している。
米国ミネソタ州のメイヨークリニックのテイラー・ヘイズ医師(ニコチン依存症センター所長)は、来日を見送った。だが、2日目朝のプレナリー(全体会議)で、本来なら初日に行う予定だった基調講演「TOBACCO HARM REDUCTION AND CONTINUUM OF RISK」をインターネット経由で行った。
人権を武器に、タバコ規制を政府に迫る
今回、特筆すべき点のひとつが、「タバコと人権」について掘り下げられたことだろう。
米国の反タバコ団体「ASH(Action on Smoking &Health)」のローレン・フーバー事務局長は、2日目のプレナリーで、「HOW TO USE HUMAN RIGHTS PRINCIPLES AND MECHANISMS TO ADVANCE HEALTH AND THE FCTC」と題して講演た。FCTCとは「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」のことである。ASHは、「タバコの製造・マーケティング・販売は、世界中の人々の健康と生命に対する権利の侵害」という立場を明確にしている。そしてフーバー氏は、各国政府に、人権への取り組みにタバコ規制を含めるようにさせることを呼びかけた。
フーバー氏は日本についても、「政策立案においてタバコ産業の干渉を受けている度合いが高い」と指摘し、官僚の天下りや喫煙室への補助の終了などを求めた。いずれの視点も、今後の禁煙推進において欠かせない。
歯科医療従事者に求められる禁煙介入
私が専門とする歯科の分野でもシンポジウムなどを行った(ハイライト1参照)。
喫煙の口腔内への影響は広い。舌がんや歯肉がん、歯の喪失、歯周病、子どものメラニン色素沈着、唾液の性状変化、口臭、味覚の減退……。インプラントの成功率も下がる。昔から喫煙者は「ヤニで歯が黒くなる」などと口にする。口腔は自分で見られるうえ、歯科を受診する際には健康への意識が高まっている。それだけに、歯科医療従事者は、喫煙習慣のある患者に対して、禁煙の動機付けをしやすい。
ところが、全国でおよそ10万5千人(2016年末時点)に上る歯科医師のうち、禁煙指導を行っている歯科医師は約2割に過ぎない。歯科医療従事者の介入は、今後の課題であろう。
会場で注目を集めたのが、WHOの「The Smoker’s Body」という啓発ポスターである。喫煙による全身への悪影響を、がん、白内障、難聴、骨粗鬆症、心臓病などの具体的な病名とともに、視覚的に訴えている。思わずドキッとさせて、有効だ。
東京オリンピック開催予定の前年(結果的に新型コロナウイルスの影響で延期されたが)に、健康増進法改正をもってしても受動喫煙をはじめとするタバコ対策が不十分で、かつ世界に先駆けて「新型タバコ」が流行している日本で、各国の最新の英知を集められた意義は大きい。アジア、アフリカ、東欧などの参加者も目立ち、現状や課題を共有できた。今後は、参加者がこれらの英知を、それぞれの場で生かしていくことが求められる。
WHO禁煙革命にTID参加者も多数集まる
JTのCMが、タバコそのものではなく人を想う気持ちや多様性の大切さを訴えるなど、一筋縄ではいかない状況のもとでは、禁煙推進にも、さまざまな工夫が必要だろう。
その一つの例が、
「WHO禁煙革命(RevolutionSmoke-Free)」
キャンペーンである。働く人々の健康と安全を守るため、職場の禁煙化や禁煙支援を行うWHOが進めるキャンペーンで、日本では、日本対がん協会がパートナーとなった。すでに中国などアジア数カ国で展開されているが、日本でも、本学会の最終日に発足式が行われ、多数の参加者が集まった(特別セッション参照)。民間の力で着実に広めていきたい。
国際競争に乗り遅れないために
2日目には、日本対がん協会が、米国の禁煙推進団体
「グローバルブリッジ」
と提携している禁煙支援の人材育成プロジェクトの課題と展望を探るワークショップが開かれた。肺がんサバイバーの男性も発表するなど、多角的な検討を加えられた(ハイライト2参照)。企業への働きかけと同じぐらい重要なのが、教育だろう。小学生のときからタバコの真実を知ることは、当人への喫煙抑止力になり、家族など周囲への波及効果も上がる。
2005年にWHOの「たばこ規制枠組条約」が発効してから15年。日本を含む世界181カ国・地域が批准している。人々をタバコから守る国際競争は始まっている。日本が乗り遅れないためには、喫煙は人権侵害であり、タバコは健康問題と同時に社会問題でもある、という認識も必要なのではないか。3日間の充実した発表を聞きながら、視野を広く持ち、しなやかに、したたかに行動を起こし続ける重要性を改めて実感した。開催にあたり、多くの方のお力添えをいただきました。心よりお礼を申し上げます。