暁星中学校(東京都千代田区)
2013.10.22
講師:中川恵一先生
人数:2年生 200名(男子のみ)
生きること 考えるきっかけに
かけがえのない「いのち」について考え欲しい――。学校現場に医師や専門家を派遣して授業をする「ドクタービジット」(日本対がん協会、朝日新聞社主催)が10月22日、東京都千代田区の暁星中学校(勝部純明校長)でありました。2年生173人が、がんとはそもそもどんな病気なのか、家族や自分ががんにならないためにどうしたらいいのかを真剣に考えました。
「がんの6割は予防できる」
東京大准教授 中川 恵一さん
がんや検診についての知識を教えたのは、東京大学医学部の中川恵一准教授(53)。暁星中学出身で、在学中の写真も見せながら、後輩たちに、がんについて説明した。
「がん家系という言葉があるけれど、家系によるがんは全体の5%で、あくまで例外なんだよ」。がんは、遺伝子に傷がついてできる病気であり、原因の半分以上は、たばこと生活習慣であると話した。「6割ぐらいのがんは、予防できるんです」
そして、「がんになっても早期のがんは9割は治ります」。がんは長い時間をかけて大きくなるが、がんの種類によっては進行が速い。「だから大人になったら、1年から2年ごとに検診を受けて欲しいんです」と続けた。
この後、NPO法人「周南いのちを考える会」(山口県下松市)代表の前川育さん(65)が経験談を披露。続く2時限目は、2人がトークを交えながら、生徒たちとワークショップ。
中川さんが「がんになって良かったことってありましたか?」と、前川さんに意外な質問。前川さんは「以前は人前で話すのが苦手。でも、がんで一度死んだと思って、病気のことを話せるようになりました」。
その言葉を受けて中川さんは「自分が死ぬことって普段は考えないよね。でもがんでも、そしてがんが治っても、人はいつか死ぬ。がんは死と、そして生きることについて考えるきっかけをくれるものかもしれない」。
ワークショップでは生徒たちに紙が配られた。「お父さん、お母さん、だれでも自分の大切な人の好きなところを紙に書いてみて」「その人がいなくなってしまったら、と想像してみて」。生徒たちは目を閉じて考えを巡らせた。
数分後、中川さんは「その大切な人や自分ががんにならないために、自分に何が出来るだろう」と問いかけた。
生徒たちの意見は「検査をしっかり受ける。そして周りにもそうすれば早くみつけられると伝える」「運動不足や野菜不足にならないように気をつける」など、授業の成果がうかがえた。「神様に祈る」「お守りをあげる」といった声も。
質疑応答では、「どうして人は、死という限界があるのに生きないといけないんですか」という問いが。
中川さんは、「君は自分のためだけに生きるんだろうか。生きている間に世の中にどう貢献するのかというを考えてみては」と答えた。
「限りある命、二度とないこの時間」
長男亡くし自分も3回克服 前川 育さん
「わたしは子どもをがんでなくしています。そして私自身も3回がんになりました。でも、今はこんなに元気です」
がん体験者の前川さんは、そう話を始めた。
1985年、前川さんの長男は4歳で急性骨髄性白血病と診断され、医師に「治療法はない」と言われた。今の治療では80%ががん細胞が確認できない「寛解」となるが、当時はまだ「不治の病」だった。
「それまでは本当に普通の生活で。それがどんなに幸せで、どんなに貴重だったかということに気がついたのです」と振り返る。
長男が入院した病院や医師は詳しい説明をしないままに抗がん剤治療を始めるなど、配慮を感じられず、別の病院に転院。そこでは痛い検査も工夫があり、夜になると医師も子どもだちと一緒に遊んでくれた。そして、つらい治療に耐えた息子がいた。
抗がん剤の副作用で髪が抜け、ステロイドの影響で、顔が丸くむくんだ息子の写真を見せながら「6歳4カ月で亡くなる2年の間、とても苦しんだと思います。一時退院したときには、乗りたがっていた飛行機に初めて乗り、本当にうれしそうでした」と振り返った。
長男が亡くなった後、前川さんは喪失感に襲われたが、次女が生まれ、再び幸せを感じられるようになった。しかし、前川さんが3度のがんを経験する。
最初の胃がんは47歳のとき。手術で切除したがその3年後、残った胃に別のがんが見つかる。
「このときは、自分でも死ぬのかなと思った」。2人の娘には優しい母の思い出を残してやりたいと思いながら生活したという。
さらに2年後、のどにしこりがあるのに気がついた。甲状腺がんで手術を受けて摘出。ホルモン剤をずっとのみ続けている。
病気は、ほかの家族にも大きな影響を与えた。亡くなった息子の1歳上の長女は「自分がいじめたから弟が死んだ」と、心を痛めていた。次女は前川さんの病気の治療のため、2度転校した。「長男を亡くしたことや自分のがんの経験は、とてもつらいことだった。けれども、毎日を大切に生きたいと思うようになった」と前川さん。
「みなさんのこの中学2年生の時間は、二度と戻らない大切な時。命は限りがあるから素晴らしい。みなさんも一人ひとりが二度と現れない存在なんです」
前川さんは最後に、「もし息子が一週間だけこの世に帰ってきてくれたら」という詩を朗読した。
大好きだったハンバーグを食べさせ、飛行機に乗ってディズニーランドにスカイツリーへ。日が暮れるまでキャッチボール。そして最後の1日は「一日中、抱っこさせて」。
生徒たちの、すすり泣きが会場に広がった。